(公)日本山岳ガイド協会 認定登山ガイド
天野 健司
はじめに
基本的に私は、何かをしようと思いついた時、例えば旅行などの計画を立てるのがとても苦手でどちらかと言えば行き当たりばったり。メインで行きたい場所と見たい場所を決めたら、それ以外はノープランの旅。
時間に追われることが嫌いなのでそんな感じなのですが、実際には何度も、後で知って「あそこにいけばよかった」「あれを食べれば良かった」などと後の祭り状態になり、次の計画に逃した獲物を盛り込む。そんな計画とは程遠い人間です。
では、山ではどうか。個人山行に関しては、私の一番大切にしている山の登り方が大きく影響しています。自分自身のスキルを高めるためにチャレンジ的な事や知識の復習が主なのですが、一番は山を気持ちの面で楽しめているかということ。どんなにきつくてもいい。ガスで景色が見えなくてもいい。楽しいと思えることが、一番山に対しての感謝の気持ちと私は考えています。だから、一番好きな山であろうが、初めての山であろうが、すぐそこにピークが見えていようが、楽しくないと思えば回れ右。逆に山を登る過程が楽しければ、天候や体力不足による時間切れによって途中で計画を断念しても大満足。なぜなら、登らせてもらってる山のことを楽しくないと思う事や、遭難などの事故を起こして家族や誰かがその山を嫌いになることは、山に対して一番失礼なことだと思うから。前文読み返すと、私の個人山行は気分次第という話になりそうですが。
そんな私が、山行計画について書くことに疑問を持たれる方もおられることでしょう。しかし、途中で下山すると一口にいっても、日帰りピストンならいざ知らず、テント泊の縦走になると山行計画は非常に重要で、それができていないと下山すら簡単にはいかないものです。特に私の活動地域が九州ということもあり、水を小屋で調達とはいかないので、水の確保一つとっても様々なパターンを想定しなくてはいけません。ですので、こんな私でも登山計画は真剣に計画しています。
計画があるから山を自由に楽しめる。逆にいうと、山を楽しむために計画は必要。
そのために、この項が少しでもお役に立てれば幸いです。
登山計画とは
[1] 山を決める[2] 山の情報を調べる
[3] 季節・難易度に見合う体力・装備と自分の現状を確認し比較・検討する(自分の登山レベルを知る)
[4] 山行予定日の例年の気象を確認し、数日(最低3日)前からの天気と気圧配置を調べ、今後の気象を予測する
[5] 山行に必要な費用(移動時の交通費・宿泊費含む)の算出
[6] 登山口までの移動手段をエスケープしたケースも含め確認する
上記を検討したうえで、登山計画書(登山届)の作成・提出し登山計画が完成する。
1 山を決める
言葉の通り、自分が行きたい山はどこか。その時、何を山に求めるか。ということです。
ワクワクする山行になるかどうかは、まずはここからですね。
2 山の情報を調べる
一口に山の情報を調べると書いていますが、標高100mに満たない山から、日本では標高3000mクラスの山とかなりの差があります。
そのため、一概にこれだけの情報で十分。とはいえず、最近では低山での遭難事故も増えているので、私が、山に入る際に調べる事柄を列挙していきます。本来、どんな低山であろうと調べるべきことなので、全ての山行で同様に調べていただき、それに自分の登山レベルなどを考慮し更に深く掘り下げて調べてください。
山の標高。山の形状と地形、難易度(*1)。目的の山への登山ルートと緊急時に下山、若しくは巻き道として使うルートとその最新の状況。予定登山口と予定下山口、エスケープした時に使う予定の下山口の状況。入山時間が何らかの理由で遅れた時に使う別の登山口とルート。登山道のコースタイム(*2)。使用する予定の小屋、若しくはテント場の場所と状況、有人小屋の場合はその使用料と予約の有無。緊急時に使用できる小屋の位置とそこまでの所要時間。標高・季節によっては残雪の有無。ルート上に、ロープを使用する箇所がないかの確認(特にグループの時は「要らないかも」は所持する)。徒渉箇所の確認と増水時の巻き道。水場の場所と最新の状況(場所によっては、季節で涸れたり煮沸が必要な時があるので注意が必要)
大まかに書くと以上になるが、例えば夏山と雪山では使用するルートが夏道・雪道という具合に違ったりと、計画時期によって簡単に得られる情報と違うケースもあるし、メンバー構成や山によってトイレの問題も含め色々と必要な情報も変化するので、山の情報は手に入る限り多く集めてください。
*1 山の難易度とは、基本的にそれを記した人の見識に左右されたり、山の標高で初級、中級などと表記されたりと、曖昧な基準になっている。そこで判断に必要になるのが経験となってくるので、初めての山域やレベル表記の山には、自分の力量を客観的に判断してくれる人と同行し、その山域のレベル表記がどの程度かということを実感して欲しいと思う。
*2 コースタイムとは、一定の経験を持つ登山者が余力がある時に歩いて係る目安の時間です。つまり、天気や登山道の状況、荷物の重さ、そこまでの行程など様々な要因で増減します。
3 自分の登山レベルを知る
ここに、(公)日本山岳ガイド協会が発行している「百万人の山と自然」と、いう本があります。この本に登山の技術レベル・体力レベルの生涯登山日数から割り出す方法。ということが書かれているので、一部抜粋・引用しつつ書いていきます。ちなみに、(公)日本山岳ガイド協会発行の皆さんに熟読していただきたい本が幾つかあるので、ぜひ手に入れて愛読書の1冊に加えて欲しい。尚、購入は(公)日本山岳ガイド協会のホームページから可能です。
生涯山行日数から割り出す方法 | |
30日以下 | 初心者 |
31~300日 | 初級者 |
301日以上 | 中級者 |
このように、山行日数から割り出すには理由があります。例えば、登山経験30年と聞いて皆さんは、その人はベテランと思われるかもしれません。しかし、30年間誰かリーダーとなる方に連れて行ってもらうだけの山行だったり、森林限界を超えない山や里山しか登っていなかったり、1年間に10日ほどしか登らずに30年のキャリアであるとしたらどうでしょう。
あくまで、ここでは無雪期における登山レベルについての話とさせていただきますが、無雪期を基準に考えて300日以上の登山経験を積むことによって、山登りに必要な一通りの経験をする。ということが前提にあります。難易度の低い低山ばかりを歩いていても経験度合い、技術は一向に進歩しません。そこで、300日のうち50日程度を「森林限界」を超える山とする。を加えると、国内における無雪期の山の経験が、中級というレベルの目安になります。
なぜ、森林限界を超える山を含むかと言いますと、樹林帯に覆われた低山に比べはるかに厳しい環境のなか、50日登ると様々な経験を積むことができると考えるからです。ただし、この300日の山行もグループ山行であっても計画段階から積極的に参加し、誰かに連れて行ってもらう山行ではなく、自分(自分たち)で計画を立て自分の力で登るということが重要になります。
また、知るべき自分のレベルとして、体力レベルもあります。登山ガイドブックにおいては、実働時間が2~3時間程度が初級、3~6時間程度が中級、~10時間程度が健脚とされているようです。
ただし、背負う荷物の重量や連続何日の山行か。などの要因もあるため、あくまで自分の登山レベルを計る参考として取り入れ総合的に判断し、自分自身の実力と経験を客観的に判断しましょう。
ここまで、登山計画についての最初の貢、「登山計画とは」の3にあるサブタイトルについて書いてきました。ここに、2の山の情報を取り入れ自分に登れるコースを選択し環境に適した装備を揃えることで、より安全で楽しい山行の計画が立てられるでしょう。
尚、夏山・冬山装備、冬山登山に関しては別の機会に書きたいと思います。
登山計画書(登山届)について
他人に自分の山行計画を知られたくない。個人情報を書きたくない。毎回書いて提出するのが面倒だ。遭難するような山じゃないし、自分は遭難しない。そんな方が実際に私の周りにもたくさんいます。
基本的に登山計画書の提出は任意ですが、自治体によって特定の山岳に関しては、その提出を条例で定め義務化し実際に過去に未提出で事故を起こし罰則を受けている人もいます。
何故、登山計画書を提出しないといけないのでしょう。それは、山という場所がある種特殊な場所であり、天候の急変による活動不能、急な地震や噴火、霧や道迷いによる遭難、転倒・滑落による怪我や死亡事故など予測不能な状況に陥ることが起こる場所だからです。記憶に新しい御岳山の噴火の時には、登山計画書の提出がされていなかった方が多くいたことで、噴火に巻き込まれた行方不明者数の把握が難しかったようです。
登山計画書に記入する内容には、基本的に決まった形式はありません。ですが、各登山口に設置されている登山計画書提出用のボックスの付近やネットでの提出用など目にする機会も多いでしょう。そこに記載されている内容の代表的なものを書いていきます。
・登山者の個人情報(住所・氏名・年齢・性別・携帯の電話番号・緊急連絡先)
・予定する登山口~ルート・立ち寄り地(宿泊予定地)~下山口及びそれぞれの到着予定時刻(年月日時)
・非常時の行動予定(宿泊地・ビバーク予定地・エスケープルート)
・個人装備及びグループ共同装備
・所持している食料の回数分及び非常食
よく目にする内容といえば、このような内容でしょう。登山計画をしっかり立てていれば簡単に書き込める内容で、最近では(公)日本山岳ガイド協会が運営するコンパスをはじめ、多くのネットによる登山計画書提出用のページがあるので活用して欲しい。実際、現地の登山口に用紙と提出用のボックスがなければ、提出先を探して出すというなかなかの手間の掛かる作業になり未提出となりがちになるので。
では、紙やFAXによる提出先はどこか。登る山を管轄する警察署若しくは県警察本部地域課。登山口近くの駐在所。登山口や最寄り駅の提出用のボックスとなります。
ここまで登山計画書について書いてきましたが、提出して終了ではありません。実際に事故が起きた際、一番最初におかしいと気付くのは、皆さんがその日山に登るということを知っている家族・友人です。確かに警察に届けを出しますが、無事に下山したかの確認は警察ではできません。ですので、家族・友人に登山計画書の内容を共有していてもらうことこそが迅速な対応に繋がる唯一の手段です。
また、計画書の内容を見てお気づきとは思いますが、正確な内容を記すことで捜索対象者の位置や状況を推測することが可能で、初動捜索を容易にし救出までの時間を早くすることができ、また捜索に携わる人たちへの2次災害のリスクも軽減できるのです。
しっかりとした計画で、山を少しでも安全に楽しく登りましょう。
今回、山人タグを作るにあたって一番に思うことは、この登山計画書の提出による警察・家族・友人による対応と対をなして、現場で緊急を要する際に少しでも活かせていただければと思う次第です。
さいごに
会員専用ページで後程書き足していく予定の登山の基礎知識に書かないと思われる事柄について追記しておきます。
私は、登山としての山との出会いが遅く40代に入ってからでした。当然のように山の情報はネットから仕入れ、これまでの人生経験で経験してきたことを踏まえ、これで大丈夫。という判断のもとに山に登っていました。
果たして正しかったのか。改めて振り返ることもなく断言できるのは、ただツイていたということ。以前の私も誰かと登る時は、絶対に安全に生きて下山させる。という、気構えで山に登っていました。自分より明らかに体力の劣る人と登る時や、自分から声を掛けた山行の時は特に。今思えば、おこがましい考えで、ガイド資格を取得した今でさえ、誰かと登る時にはそれ相応の覚悟と知識・技術の反復をして山に登り、それでも100%の安全など存在しない世界に足を踏み入れるということへの恐れを持っています。
私が、雪山の講習に参加した際に頭に残っている言葉に正しく学んで正しく恐れて正しく行動すればリスクはより軽減される。という言葉がありました。当たり前の事なのですが、この当たり前を山で実践することは、慣れれば慣れるほど難しいことだとつくづく思います。一度登った山も少しの環境の変化で全く違う表情を見せるものです。それに対応できる知識と技術、装備を準備して、それでも自分の力を過信せずに山と向き合っていきましょう。
今後、山人タグのこのサイトにおいて、全国の(公)日本山岳ガイド協会認定ガイドによるガイドスケジュールや技術講習会の日程を募集し告知していきたいと考えていますので、是非ご自分の日程に合う講習会などに参加し正しい知識と技術を身に付けてみてください。